日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)145,134∼139(2015)

総説 ショウジョウバエを用いた睡眠の基礎研究 上野 太郎 1),粂  和彦 2)

要約:睡眠の基礎研究は古くから哺乳類を中心に行わ れ,その評価は脳波により生理学的に判定されてきた.

1. はじめに

近年,遺伝学のモデル動物として広く用いられるショ

睡眠は広く動物界で認められ,昆虫から哺乳類まで

ウジョウバエにおいて,行動学的な睡眠が定義される

系統学的に保存された行動である.睡眠中の個体は不

ことにより,睡眠の分子生物学が発展している.ショ

動状態となり,外部環境に対する反応性が低下する.

ウジョウバエを用いた睡眠研究により,睡眠制御の分

捕食者との関係性を考えると個体の生存にとって不利

子メカニズムが昆虫と哺乳類で共通していることが示

に思えるこのような行動が,系統学的に保存されてい

され,豊富な遺伝学的ツールを用いることで睡眠を制

ることから,睡眠には何らかの機能が備わっているこ

御する神経回路が同定されてきている.我々は,ドパ

とが推測される.しかし,何のために眠るのかという

ミンの再取り込みを担うドパミントランスポーターの

問いは,睡眠のメカニズムとともに現在も大きな

変異体(fumin 変異体)が短時間睡眠を示すことを発

して残っている.

見し,ショウジョウバエにおいてドパミンシグナルが



睡眠の基礎研究は古くからヒトのほか,ネコやイヌ,

哺乳類と同様に睡眠覚醒を制御することを明らかにし

ウサギ,ヤギなどの哺乳類を用いて生理学・生化学的

てきた.ドパミンは睡眠覚醒や学習記憶など様々な生

手法で行われてきた.REM 睡眠の発見以降,睡眠段

理機能をもつが,それら複数の生理機能がどのように

階判定には脳波波形が重要な指標として採用され(1),

して実現されているかはこれまで不明であった.ショ

不眠状態の動物の脳内に催眠作用のある物質が報告さ

ウジョウバエの遺伝学を駆使することにより,独立し

れることで睡眠物質の探索が行われてきた.一方で,

たドパミン神経回路が学習記憶と睡眠覚醒を制御する

睡眠の制御に遺伝的背景が関与していることが知られ,

ことが一細胞レベルで明らかにされた.ドパミンはシ

睡眠の質・量ともに,二卵性双生児に比べ一卵性双生

ナプス終末から放出されると古典的なシナプス伝達に

児で一致率が高いことが報告されている.睡眠覚醒制

加えて,拡散性伝達により,神経間情報伝達を行うこ

御に関わる遺伝子の探索は,ヒトで睡眠と関連した遺

とが知られている.ドパミンの再取り込みを担うドパ

伝子多型の解析が進められると同時に,遺伝子改変が

ミントランスポーターに注目し,睡眠ならびに記憶の

可能なモデル動物を用いることにより遺伝子変異との

表現型を解析することにより,ドパミントランスポー

因果関係が明らかになってきた.特に臨床的意義の大

ターによる拡散性伝達制御が明らかになった.本総説

きな発見として,過眠症状を示すナルコレプシーの原

では我々がこれまで明らかにしてきたドパミンによる

因遺伝子としてのオレキシンが挙げられる(2).オレ

ショウジョウバエの睡眠制御機構について解説する.

キシン遺伝子やオレキシン受容体遺伝子のノックアウ

これまでに明らかになった睡眠の分子基盤・神経基盤

トマウスや,オレキシン神経細胞を破壊したマウスは

をもとに,進化的に保存されてきた睡眠の共通原理の

ナルコレプシー様の症状を示すことが明らかにされた.

解明が進むと考えられる.

これら知見はナルコレプシーの病態解明につながった のみならず,オレキシンシグナルをターゲットとした

キーワード:睡眠,ドパミン,ショウジョウバエ,記憶,拡散性伝達 1) 公益財団法人東京都医学総合研究所(〒156-0057 東京都世田谷区上北沢 2-1-6) 2) 名古屋市立大学大学院 薬学研究科 神経薬理学(〒467-8603 愛知県名古屋市瑞穂区田辺通 3-1) E-mail: [email protected], [email protected] 原稿受領日:2014 年 11 月 19 日,依頼原稿 Title: Sleep research with fruit fly Author: Taro Ueno, Kazuhiko Kume

総説 ショウジョウバエを用いた睡眠の基礎研究

135

新たな睡眠薬が開発され,不眠症の治療薬として使用

かかる時間が 10 日間と短く,飼育が低コストで容易

され始めている.

であること,体のサイズが小さいため多数の個体を扱

2. ショウジョウバエの睡眠 ヒトをはじめとした哺乳類では,脳波を計測するこ

うことが可能といった,遺伝学にとって有利な生物学 的特徴を有する.また,トランスポゾン挿入系統や, RNAi 系統などがストックセンターで管理・公開されて

とで個体の睡眠/覚醒状態を判定することができる.

おり,遺伝学的解析が極めて容易に実施可能である (6) .

一方,行動学的に睡眠/覚醒状態を判定する試みもな

さらに,任意の遺伝子を特定の細胞群に発現させるこ

され,動物の休息状態を観察したうえで,以下の特徴

とのできる GAL4-UAS システムが広く使われており,

を有していれば睡眠と定義される(3).

組織特異的な遺伝子機能を解析できる.最近では,ゲ

①休息のタイミングが概日時計によって制御されてい

ノムワイドにプロモーター配列を GAL4 転写因子につ

ること ②休息の量が恒常性維持機構によって調節されている こと ③外部からの刺激に対して,反応性が低下していること 行動学的に睡眠が定義されることにより,脳波の計

ないだ膨大な数の系統,ならびにその発現パターンが 解析され,公開されている(7). 一方で,ショウジョウバエはその小ささから,現時 点では長時間にわたる脳活動の記録が困難であり,睡眠 覚醒と脳の局所細胞外電位(LFP:local field potential)

測が困難な動物種においても睡眠/覚醒の判定が可能

との関係を調べた報告があるものの(8, 9),哺乳類に

となり,モデル動物を用いた睡眠の基礎研究が広がっ

比べ電気生理学的知見と行動学的指標の対応が乏しい.

た.特に,2000 年には分子遺伝学のモデル動物として

このため,哺乳類で観察される non-REM 睡眠/REM

広く用いられていたショウジョウバエにおいて上記の

睡眠といった睡眠の深さや質の違いを,ショウジョウ

定義を満たす行動が報告され,睡眠の分子遺伝学的解

バエにおいて客観的に評価することは困難である.

析が急速に発展している(4, 5).ショウジョウバエの

ショウジョウバエの睡眠研究には現時点では上記のよ

睡眠は元々サーカディアンリズムの研究で用いられて

うな欠点はあるが,神経活動のレポーターといった遺

きた DAM(Drosophila Activity Monitor)システムを

伝学的ツールの開発が進むことでこれら課題が克服さ

用い,5 分以上の不動状態が睡眠と判定される(図 1).

れ,より詳細な睡眠研究が可能となることが期待される.

ショウジョウバエを用いた研究は,マウスなどの げっ歯類を用いた研究と比べて,以下のようなことが 利点として挙げられる.ショウジョウバエは一世代に

3. ドパミンによる睡眠制御 カテコールアミンであるドパミンは,ヒトやマウス などの哺乳類において覚醒作用を示すことが知られて いる.コカインやアンフェタミンなどの覚醒剤は,ド パミン神経細胞の神経終末に存在するドパミントラン スポーターを阻害し,ドパミンのシナプス間

からの

再取り込みを抑制することにより,ドパミンシグナル を増強させる.著者らは,ショウジョウバエにおいて 短時間睡眠の表現型を示す変異体を発見し,fumin(不 眠)変異体と命名した(10).fumin 変異体の原因遺伝 子探索の結果,ドパミントランスポーター遺伝子の挿 入変異が原因であることを同定した.fumin 変異体は 野生型に比べて活動量が 3∼4 倍増加し,睡眠量が 3 分の 1 から 4 分の 1 に減少していた.さらに,睡眠中 に刺激を加えてその反応性を調べることで覚醒閾値を 調べてみると,野生型では 20%以下しか反応しない弱 い刺激に対して fumin 変異体では半分程度が反応し, 図 1 ショウジョウバエの睡眠測定装置

エサを含むガラス管の中に 1 匹のショウジョウバエを入れ,赤外線ビー ムで動きを計測する.1 台のモニターで 32 匹の観察ができ,複数台のモ ニターを用いることで多数のショウジョウバエの睡眠を同時計測するこ とができる.

さらに野生型の半数程度が反応するやや強い刺激に対 しては,fumin 変異体の大多数が反応した.一方で, 活動と休息の時系列パターンは fumin 変異体でも保た れていた(11) (図 2).このことは哺乳類において睡眠

136

上野 太郎,

  和彦

図 2 fumin 変異体の発見

a:野生型と fumin 変異体の活動記録をダブルプロットで示す.最初の 3 日間が明暗条件で,その後 3 日間が恒暗条件である.横軸が時刻,縦 軸が 5 分あたりの赤外線ビーム横断数を示す.b:野生型と fumin 変異体の刺激に対する反応性で覚醒閾値を調べた.5 分以上活動を止めてい るときに,強度の異なる 3 種類の刺激を与えた場合に,反応した個体の割合を示す.(文献 12 より)

表 1 睡眠を制御する分子メカニズムの比較(文献 12 より) ショウジョウバエ

哺乳類

ドパミン

分子

覚醒↑

覚醒↑

GABA

睡眠↑

睡眠↑

ノルエピネフリン(オクトパミン)

覚醒↑

覚醒↑

セロトニン

睡眠↑

REM 睡眠↑(NREM?)

cAMP/cAMP シグナル

覚醒↑

覚醒↑

EGF シグナル

睡眠↑

睡眠↑

電位依存性 K チャネル

睡眠↑

睡眠↑

覚醒を制御するドパミンシグナルが,ショウジョウバ

多数の生理機能を有する.ドパミンは報酬ならびに罰

エにおいても同様の生理作用を有することを示してい

を形成して学習記憶に関わるほか,注意や代謝制御な

る.その後のショウジョウバエを用いた睡眠研究によ

どの生理機能が,昆虫から哺乳類まで共通して認めら

り,ドパミンのみならず,セロトニンや GABA などの

れている.ドパミンシグナルの増強した fumin 変異体

神経伝達物質,さらには cAMP などの細胞内シグナル

は,短時間睡眠のみならず,学習記憶(15)や代謝(16)

やイオンチャネル,EGF シグナルが,哺乳類と同様の睡

にも異常を示すことがわかっている.ドパミンはこの

眠覚醒制御作用があることが示されている(表 1) (12).

ような多彩な生理機能を示す一方で,その機能分化の

私たちはさらに,トランスクリプトーム解析を用い

メカニズムはどのようになっているのだろうか.

て fumin 変異体と野生型を比較することにより,新規

ヒトやマウスなどの脳内には,数十万個のドパミン

睡眠関連遺伝子の同定を試みた.fumin 変異体の頭部

神経細胞が存在する一方で,ショウジョウバエのドパ

で野生型に比べて有意に発現が低下している遺伝子群

ミン神経細胞は約 200 個が脳内に分布している.私た

を同定し,RNAi 系統を用いた全神経におけるノック

ちはショウジョウバエをモデル動物として利用するこ

ダウンにより,それら遺伝子の機能解析を行った.こ

とにより,睡眠覚醒を制御するドパミン神経回路の同

れまでに RNAi 系統を用いたスクリーニングにより,

定を試みた.ドパミン神経細胞の活動を制御するため

カルシニューリンの触媒サブユニット A をコードする

に,温度感受性カチオンチャネルである TrpA1 チャネ

CanA-14F や,JNK の発現抑制により睡眠量が有意に

ルをドパミン神経細胞において発現させた.TrpA1

減少することを見出し,報告している (13, 14).特に,

チャネルは約 26°C 以上で開き,神経細胞を脱分極さ

カルシニューリンは哺乳類においてドパミンシグナル

せる.ショウジョウバエは変温動物であるため,飼育

の下流で働くことが示唆されており,ショウジョウバ

温度をコントロールすることにより,この温度感受性

エにおいてもドパミンシグナル伝達系との関係性が考

チャネルを発現させた任意の神経細胞の活動を時期特

えられる.

異的に誘導することができる.モザイク個体法により,

ドパミンは睡眠覚醒を制御する一方で,その他にも

脳内のドパミン神経細胞のうち,一部の細胞のみに

総説 ショウジョウバエを用いた睡眠の基礎研究

137

神経細胞間の情報伝達は,古典的なシナプス結合によ る伝達に加えて,神経伝達物質がシナプス外に拡散し て受容体に作用する拡散性伝達が存在する.シナプス 結合による伝達が早い情報伝達を担うのに対し,拡散 性伝達は遅いダイナミクスの神経伝達であり,睡眠覚 醒などの状態変化を説明するメカニズムとして想定さ れている.抑制性伝達物質である GABA はシナプス外 に拡散し,シナプス外の GABA 受容体を持続的に活性 化することができる.興奮性伝達物質であるグルタミ ン酸は,グリア細胞に高発現するグルタミン酸トラン スポーターによって速やかにシナプス間

から取り込

まれ,情報伝達がシナプスに空間的制限を受ける.し 図 3 独立した神経回路によるドパミンの生理作用

記憶中枢であるキノコ体に投射するドパミン神経細胞は学習記憶を制御 し,睡眠中枢である扇型体に投射するドパミン神経細胞は睡眠覚醒を制 御する.扇型体におけるドパミンシグナルの増強により,ショウジョウ バエでは覚醒が誘導される.

かし近年,グルタミン酸もある条件下においてはシナ プス外に漏出し,神経細胞やグリア細胞の機能調節に 関わることが明らかになっている(20). ドパミンも拡散性伝達による情報伝達を行う神経伝 達物質であり,その拡散性伝達を制御する再取り込み 機構が,ドパミン神経細胞の神経終末に存在するドパ

TrpA1 チャネルを発現させて刺激した結果,扇型体

ミントランスポーターである.拡散性伝達を規定する

(fan-shaped body)と呼ばれる脳領域に投射するドパ

要素としては,再取り込み機構のほかに,細胞外基質

ミン神経細胞を刺激した場合に睡眠時間が短縮するこ

や拡散経路が挙げられる.そこで,我々はドパミント

とがわかった.一方で,学習記憶の中枢であるキノコ

ランスポーターがドパミンシグナル強度を規定するの

体に投射するドパミン神経細胞に TrpA1 チャネルを

みならず,ドパミンの拡散性伝達の調節を担うことを,

発現させて活性化した場合は,睡眠覚醒への影響が見

ショウジョウバエを用いて行動レベルで検証した(21).

られなかった.さらに D1 様受容体 DA1 の欠損した変

fumin 変異体はドパミントランスポーター遺伝子に

異体では,ドパミンの覚醒作用が失われたが,扇型体

変異を持つため,全身の細胞においてドパミントラン

にのみ DA1 を復元することで,ドパミンの覚醒作用

スポーターが機能を失っていると考えられる.そこで,

も復元することができた(17).扇型体はその活性化に

ドパミントランスポーターに対する RNAi 系統を利用

より睡眠が誘導されることや,イソフルランなどの麻

することで,組織特異的にドパミントランスポーター

酔作用の発現にも関わることが示されており,ショウ

のノックダウンを行った.全神経細胞でノックダウン

ジョウバエにおける睡眠中枢とされる(18, 19).以上

を行った場合,fumin 変異体と同様に短時間睡眠の表

の結果より,睡眠覚醒を制御するドパミン神経回路は

現型を認めた.それに対し,ドパミン神経細胞の一部

学習記憶を制御する神経回路とは独立しており,睡眠

でノックダウンを行った場合には,短時間睡眠の表現

中枢である扇型体の神経活性を制御することで睡眠覚

型を示さず,それ以外のドパミン神経細胞に発現する

醒を調整しているものと考えられる(17) (図 3).

ドパミントランスポーターによるドパミンの再取り込

4. ドパミントランスポーターによる拡散性伝 達の制御

みで睡眠覚醒制御には十分であることが推察された. 次に,ドパミントランスポーターを欠損する fumin 変 異体の一部の細胞においてのみ,ドパミントランス

トランスジェニックラインやウイルスベクターを用

ポーターを発現させるレスキュー実験を行った.その

いた解析により,特定の行動を担う神経回路がショウ

結果,全体ではなく,一部のドパミン神経細胞におい

ジョウバエやマウスなどで明らかになってきている.

てのみドパミントランスポーターを発現させるだけで,

一方で,これら神経回路による行動制御の実体は,神

fumin 変異体の短時間睡眠の表現型を改善することが

経終末から放出された神経伝達物質が神経細胞膜に発

できた.さらに,その効果はドパミントランスポー

現する受容体に結合することで発現されるため,行動

ターのノックダウンで睡眠時間の変化が見られないド

制御のメカニズムの解明には神経伝達物質の作用範囲

パミン神経細胞においても認められた.さらに,ドパ

や作用時間といったダイナミクスの理解が必要となる.

ミントランスポーターの拡散性伝達制御機構が睡眠覚

138

上野 太郎,

醒を調整するという仮説のもと,fumin 変異体のハエ に,ドパミントランスポーターをシナプス外で異所的

  和彦

5. おわりに

に発現させた.ドパミン神経細胞ではないキノコ体や

ショウジョウバエはマウスなどのげっ歯類と比較し

グリア細胞でドパミントランスポーターを発現させる

て,遺伝学的解析が容易でコストが低いためゲノムワ

ことによっても,fumin 変異体の短時間睡眠は改善さ

イドなスクリーニングが可能といった利点がある一方

れ,シナプス外のドパミントランスポーターによって

で,脳波の測定が困難なため表現型の解析は行動学的

ドパミンの再取り込みがされているものと推察された.

指標に頼らざるを得ないといった欠点がある.しかし,

異所的に発現させたドパミントランスポーターの影響

遺伝学的ツールの充実により睡眠覚醒を制御する神経

がドパミンシグナルの減弱によるものであることを示

回路が細胞レベルで同定されたことにより,睡眠中枢

すため,ドパミンシグナルの強度を判断する指標とし

である神経回路を中心に詳細な解析が進んでいる.私

て,ドパミン受容体の発現レベルに注目した.D1 様

たちの研究においても,睡眠覚醒を制御するドパミン

受容体である DA1 はキノコ体や扇型体に発現し,学

神経回路の探索を行った結果,睡眠中枢とされる扇型

習記憶や睡眠覚醒の制御に関わる.fumin 変異体では

体に投射するドパミン神経細胞が睡眠覚醒を制御する

DA1 受容体の発現レベルが低下しており,その低下は

ことが明らかになった.最近は扇型体の神経細胞の電

ドパミン合成阻害薬である 3-iodo-tyrosine の投与に

気生理学的解析も行われ,睡眠の恒常性維持機構が扇

よって回復することから,ドパミンシグナルの増強に

型体の神経細胞内における Rho-GAP シグナルを介して,

よって受容体の発現レベルの低下が引き起こされる.

膜電位を調節することにより実装されているという知

そこで,前述の異所的にドパミントランスポーターを

見も得られている(22).さらに,幼少期によく眠り,

発現させたハエ脳における DA1 受容体の発現レベル

加齢とともに睡眠量が減少するという,個体発生に伴

を調べたところ,fumin 変異体の短時間睡眠が改善さ

う睡眠の変化についてもショウジョウバエで解析され,

れたハエにおいて,DA1 受容体の発現レベルも回復し

扇型体に投射するドパミン神経細胞の投射パターンが

ており,異所的なドパミントランスポーターはドパミ

日齢とともに変化し,睡眠の変化を説明しうるという

ンシグナルを減弱させる作用を有することが示された.

研究報告もある(23).ドパミンシグナルは睡眠覚醒を

以上の結果より,ドパミントランスポーターはドパミ

制御し,その作用は古典的シナプス伝達のみならず,

ンの再取り込みによりドパミンシグナルのダイナミク

ドパミントランスポーターをはじめとしたメカニズム

スを制御し,拡散性伝達を制御しているものと考えら

によって制御される拡散性伝達によって調節されてい

れる(図 4).

る.一方で,拡散性伝達の制御にはドパミン神経の発 火パターン(tonic or phasic)が関わることや,ドパミ ントランスポーターによる再取り込み作用には膜電位 依存性があることも報告されており,睡眠覚醒を制御 するドパミンシグナルのダイナミクスのより詳細な理 解が待たれる.ショウジョウバエは睡眠関連遺伝子の スクリーニングのみならず,進化的に保存された睡眠 覚醒の共通原理を探るモデル動物としての役割を担う ものと考えている. 著者の利益相反:開示すべき利益相反はない.



図 4 ドパミントランスポーターによるドパミンシグナルの制御

ドパミントランスポーターはドパミン神経細胞のシナプス終末に発現し, シナプスに放出されたドパミンを再取り込みすることにより,ドパミン シグナルを制御している.fumin ではドパミンの再取り込みができず, シナプスから拡散していると考えられる.また,過剰なドパミンシグナ ルにより,シナプス後膜のドパミン受容体である DA1 の発現が低下す る.fumin において,グリア細胞にドパミントランスポーターを発現す ると,シナプス外でドパミンが再取り込みされ,ドパミンシグナルの過 剰な亢進が抑制される.



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139

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