YAKUGAKU ZASSHI 135(6) 763―767 (2015)  2015 The Pharmaceutical Society of Japan

763

―Symposium Review―

遺伝子改変マウスを用いた消化管味覚生理研究の最前線 野 村 政 壽, 川 原 佑 太†

Role of the Sweet Taste Receptor in Glucose Metabolism: No Sweets for Diabetes? Masatoshi Nomuraand Yuta Kawahara† Department of Medicine and Bioregulatory Science, Graduate School of Medical Science, Kyushu University; 311 Maidashi, Higashi-ku, Fukuoka 8128582, Japan. (Received October 27, 2014) Type 2 diabetes is closely associated with our daily diets and has become a global health problem with increasing number of patients. Maintaining energy homeostasis is essentially required for the treatment of diabetes. Energy metabolism starts with taking in a meal. Nutrients including amino acids, fatty acids and glucose in the digest have been shown to act on the neuroendocrine cells in the gastrointestinal (GI) tract, and thereby play important roles in energy homeostasis. Therefore, the GI tract is now recognized as a sensor system for nutrient signals. Taste receptor type 1 member 2 (T1R2) is known to function as a co-receptor with T1R3 to detect sweet chemicals in the taste buds. It has been proposed that the T1R2/T1R3 receptor complex acts as sweet sensor in the intestine, and plays a pivotal role in sensing sugars and maintaining glucose homeostasis through incretin secretion. To clarify the physiological roles of T1R2 in glucose homeostasis, T1r2-lacZ knock-in/knock-out mice were generated. We found lacZ gene expression in the GI tract where T1r3 expression has been reported. Interestingly, the T1r2-lacZ knock-in mice showed impaired glucose tolerance on oral glucose challenge but not on intraperitoneal injection. However, the fasting glucose level in T1r2-lacZ knock-in mice was comparable to that in wild type mice. These results suggest an important role of the sweet taste receptor system in the intestine when stimulated by glucose. Therefore, the roles of T1R2 will be presented and the mechanism for metabolic homeostasis will be discussed. Key words―type 2 diabetes; taste receptor type 1 member 2; gastrointestinal tract; neuroendocrine cell; knock-in mouse; lacZ

はじめに

塞性動脈硬化症(大血管障害)といった動脈硬化性

食生活の欧米化に伴い,内臓肥満を基盤とするメ

疾患のリスクを 2 3 倍増加させる. 21 世紀日本に

タボリック症候群が急増している.2 型糖尿病も増

おいて健全な高齢化社会の実現のためには,動脈硬

加の一途をたどり,その予備軍まで含めると 2200

化のハイリスク疾患である糖尿病の効果的予防法あ

万人超,糖尿病関連医療費は 2.5 兆円/年を超える.

るいは治療法の確立が急務である.

1 年間に約 50 万人糖尿病患者が増え,1 日に約 8.2

エネルギー代謝調節を論ずる際には内分泌ホルモ

人が糖尿病性網膜症から失明,1 時間に約 1.8 人が

ンや神経を介した臓器間連関を念頭に置く必要があ

糖尿病性腎症から人工透析導入となっている.糖尿

る.われわれの生命活動の 1st ステップは食事をと

病はこれら三大合併症(最小血管障害)である神経

ることから始まる.消化管の機能は食物を消化しエ

障害,網膜症,腎症に加え,脳梗塞,心筋梗塞,閉

ネルギー,栄養素を吸収することはもちろんである が,消化された食物中のアミノ酸,脂肪酸,単糖な

九州大学大学院医学研究院病態制御内科学(〒 812  8582 福岡市東区馬出 311) 現所属:†アステラス製薬株式会社(〒 103 0023 東京 都中央区日本橋本町 251) e-mail: nomura@med.kyushu-u.ac.jp 本総説は,日本薬学会第 134 年会シンポジウム S10 で 発表した内容を中心に記述したものである.

どの栄養素が消化管上皮細胞の一部を占める神経内 分泌細胞に作用し,様々なホルモンや迷走神経へと シグナルを伝え,代謝ホメオスタシスを個体レベル で調節していることが明らかにされつつある.消化 管は単なる消化吸収臓器ではなく,食シグナルを感 知するセンサーであり,代謝調節の中心的役割を担

764

YAKUGAKU ZASSHI

Vol. 135 No. 6 (2015)

う臓器と言える.しかしながら,その消化管神経内

tidyl peptidase-IV (DPP-4)により数分で N 末 2 ア

分泌細胞の正体,内分泌調節機構,神経伝達分子な

ミノ酸が切られ,不活性型である GLP-1 ( 9 36 )

ど多くは不明のままである.今回はこの代謝ホメオ

と GIP (342)に変化し失活する(Fig. 1) .

スタシスを維持するために最も重要な食と消化管に

2-2.

味覚とインクレチンの関係

われわれが

注目し,消化管神経内分泌細胞におけるインクレチ

感じる味覚には甘味,うま味,苦味,塩味,酸味の

ン分泌機構に関するわれわれの研究成果,消化管栄

5 種類が存在する.このうち,甘味,うま味,苦味

養受容を介した代謝調節,生体恒常性維持機構につ

にはそれぞれ特異的 G タンパク質共役型受容体が

いて述べさせて頂き,この稿が食の重要性について

存在する.甘味受容体はエネルギー源,うま味受容

再認識する機会になれば幸いである.

体はタンパク質を感知するセンサーであり,食料確

1.

糖尿病の早期診断・治療介入の重要性

保,生命維持に不可欠であることは言うまでもな

糖尿病と

い.次にこれら味覚受容体のエネルギー代謝におけ

は,インスリン作用不足による慢性の高血糖状態を

る役割に興味が持たれた.味蕾における甘味受容体

主徴とする代謝症候群であり,エネルギーホメオス

は taste receptor type 1 member 2 (T1R2)と taste

タシスの破綻が生じた状態である.糖尿病でみられ

receptor type 1 member 3 (T1R3)のサブユニットか

る膵ラ氏島の機能障害は,グルカゴン過剰分泌とイ

らなるヘテロ複合体であり,T1R3 が消化管神経内

ンスリン分泌低下によって,空腹時血糖上昇,糖産

分泌細胞に発現し, SGLT1 ( Na+-glucose cotrans-

生亢進をきたす.また,糖尿病診断時には既に b

porter1 )の発現に関与していることから,甘味受

細胞の機能が 50 %ほど低下していることが知られ

容体の消化管における役割に興味が持たれた.5)

1-1.

糖尿病治療の基本は食事療法

ており,1) 早期診断・治療介入し,膵 b 細胞を保護

そこでわれわれは甘味受容体のサブユニットであ

することが必要である.糖尿病治療の基本は食事療

る T1R2 に着目し, T1r2 遺伝子のエネルギー代謝

法であり,摂取エネルギーの適正化,栄養のバラン

における機能並びにその発現解析を目的として,b

ス,規則的食習慣の 3 つが重要である.食事療法に

ガラクトシダーゼ遺伝子を T1r2 遺伝子に挿入した

よって内臓肥満が解消すれば,肝臓,筋肉,脂肪組

6) X-gal 染 T1r2-lacZ ノックインマウスを作製した.

織におけるインスリン抵抗性が改善し,インスリン

色を用いて T1r2 遺伝子の組織発現を解析したとこ

分泌が低下するため,結果として膵 b 細胞保護に

ろ,予想通り甘味受容体は味蕾に発現していたが,

つながる.一方,薬物治療においては,従来の治療

興味あることに,小腸(十二指腸,空腸,回腸),

薬は膵 b 細胞機能障害に対する作用は十分ではな

大腸の上皮細胞にも発現していた( Fig. 2 ).その

く,また血糖コントロールも満足するには至ってい

後,これら消化管上皮の TIR2 陽性細胞は神経内分

ないことから,新規治療法の開発が望まれていた.

泌細胞であり, GLP-1 分泌に関与していること,

2.

膵ランゲルハンス島に優しい治療

甘味受容体を欠損する T1r2-lacZ ノックインマウス

現在最も注目され

ではインスリン分泌が減少し,耐糖能が悪化,2 型

ている糖尿病治療薬はインクレチンである.インク

糖尿病を呈することを明らかにしている.つまり,

レチンには膵 b 細胞の増殖・新生,アポトーシス

消化管栄養は甘味受容体を介して糖尿病を制御して

抑制,小胞体ストレスを減弱するといった作用があ

いるわけである.食事によりいかにインクレチンを

2,3) 血糖コントロールというより ると言われており,

効率よく分泌させるかを食事療法として考える時期

も糖尿病そのものへアプローチした治療になりつつ

に来ていると思われる.やはり食事療法は最も膵ラ

2-1.

インクレチン関連薬

ある.インクレチンは消化管ホルモンであり,経口 摂取された栄養素により消化管神経内分泌細胞から

1988 年九州大学医学部卒業.日本学術 振興会特別研究員. 1996 1999 年ハー バード大学マサチューセッツ総合病院 博士研究員. 1999 年より九州大学大学 院医学研究院病態制御内科助手, 2009 年より同・講師.

分泌される.膵 b 細胞に作用しインスリン分泌を 促 進 す る 因 子 で あ り , glucagon-like peptide 1 (GLP-1)と gastric inhibitory polypeptide (GIP)の 4) 分泌された活性型 GLP-1 2 種類が知られている.

( 7 36 )と GIP ( 1 42 )は血中に存在する dipep-

野村政壽

Vol. 135 No. 6 (2015)

Fig. 1.

YAKUGAKU ZASSHI

765

Neuroendocrine Cells in GI Tract

Bioactive GLP-1 (7 36) amide and GIP (1 42) are released from the small intestine after meal ingestion and enhance glucose-stimulated insulin secretion. 36) and GIP (3 42) in vivo, respectively. Inhibition of DPP-4 activity prevents DPP-4 rapidly converts GLP-1 and GIP to their inactive metabolites GLP-1 (9 GLP-1 and GIP degradation, thereby enhancing incretin action.

Fig. 2.

T1r2-lacZ Reporter Gene Expression in the Taste Bud and the GI Tract

Frozen sections of taste buds from T1r2-lacZ heterozygous (A), homozygous (B), and wild type (C) mice were subjected to X-gal staining. Frozen sections of duodenum (D), jejunum (E and H), ileum (F), colon (G), stomach (I) of T1r2-lacZ homozygous mice were subjected to X-gal staining. Counter staining was performed in some sections. Note that no signal for b-galactosidase activity was detected in the stomach. Bar, 50 mm

知するセンサーであり,代謝調節の中心的役割を担

氏島に優しい治療と言える. 3.

う臓器であると言うことができる.しかしながら,

消化管栄養受容機構 インクレチンは消

その消化管神経内分泌細胞の正体,内分泌調節機

化管神経内分泌細胞から分泌され,インスリン分泌

構,神経伝達分子など多くは不明のままである.イ

促進作用に留まらず,エネルギー代謝において多様

ンクレチン分泌を刺激する分子として,グルコー

な作用を示す内分泌ホルモンである.すなわち消化

ス,不飽和脂肪酸,胆汁酸,ASBT を阻害するメト

管は単なる消化吸収臓器ではなく,食シグナルを感

ホルミン,レプチンなどが知られている.魚油に多

3-1.

小腸は代謝調節臓器

766

Fig. 3.

YAKUGAKU ZASSHI

Vol. 135 No. 6 (2015)

Roles of the Gut Neuroendocrine Cell in Energy Homeostasis

Various stimuli including nutrients, peptide hormone and neurotransmitter converge on the gut neuroendocrine cell, which in turn transmits information to other organs through neural or hormonal pathways.

く含まれる a リノレン酸や EPA など v3 系の不飽

アステラス製薬,イーライリリー,協和発酵キリン

和脂肪酸は, GPR120 を介して GLP-1 分泌を促進

より研究助成を受領),川原佑太(現在,アステラ

7) 胆汁酸も消化管神経内分泌細胞に直接 している.

ス製薬株式会社の社員) .

作用し GLP-1 分泌を促進する.8) 肥満で増加するレ

REFERENCES

プチンも GLP-1 を増加させることが報告されてお 9) 肥満が GLP-1 を介して膵 b 細胞に保護的に作 り,

1)

用していることは一種の生体防御反応と捉えること もでき興味深い.このように様々な外的な刺激,メ

2)

タボリックな変化を消化管の神経内分泌細胞が最前 線で認識していることが分かってきた(Fig. 3) . おわりに 消化管神経内分泌細胞には摂取した食物をセンシ

3) 4)

ングする多くの受容体があり,インクレチンを始め とする消化管内分泌ホルモンの分泌,あるいは神経 系を介して,代謝の恒常性が維持されていると考え

5)

られる.すなわち小腸は代謝調節臓器である.メタ ボリックシンドロームや糖尿病の予防あるいは治療 には,消化管栄養の重要性を認識し,小腸に優しい 食事療法を行うことが最も有効で重要な点ではない

6)

かと思う.消化管味覚生理研究の重要性が増してい る. 利益相反

野村政壽( MSD ,武田薬品工業,

7)

U.K. Prospective Diabetes Study Group, Diabetes, 44, 1249 1258 (1995). Farilla L., Hui H., Bertolotto C., Kang E., Bulotta A., Di Mario U., Perfetti R., Endocrinology, 143, 4397 4408 (2002). Baggio L. L., Drucker D. J., Gastroenterology, 132, 2131 2157 (2007). Nelson G., Hoon M. A., Chandrashekar J., Zhang Y., Ryba N. J., Zuker C. S., Cell, 106, 390 (2001). 381 Margolskee R. F., Dyer J., Kokrashvili Z., Salmon K. S., Ilegems E., Daly K., Maillet E. L., Ninomiya Y., Mosinger B., ShiraziBeechey S. P., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 15080 (2007). 104, 15075 Iwatsuki K., Nomura M., Shibata A, Ichikawa R., Enciso P. L. M., Wang L., Takayanagi R., Torii K., Uneyama H., Biochem. Biophys. Res. Commun., 402, 495 499 (2010). Hirasawa A., Tsumaya K., Awaji T., Katsuma

Vol. 135 No. 6 (2015)

8)

YAKUGAKU ZASSHI

S., Adachi T., Yamada M., Sugimoto Y., Miyazaki S., Tsujimoto G., Nat. Med., 11, 94 (2005). 90 Thomas C., Gioiello A., Noriega L., Strehle A., Oury J., Rizzo G., Macchiarulo A.,

9)

767

Yamamoto H., Mataki C., Pruzanski M., Pellicciari R., Auwerx J., Schoonjans K., Cell Metab., 10, 167 177 (2009). Anini Y., Brubaker P. L., Diabetes, 52, 252 259 (2003).

[Role of the sweet taste receptor in glucose metabolism: no sweets for diabetes?].

Type 2 diabetes is closely associated with our daily diets and has become a global health problem with increasing number of patients. Maintaining ener...
957KB Sizes 3 Downloads 12 Views