日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)146,16∼20(2015)

特集 ATP感受性 チャネルを標的とした有用な疾患治療戦略の発展

K+

3

フォールディング病と ATP 感受性 K+チャネル 三部  篤

要約:タンパク質の天然構造が壊れたり,間違った状 態で折りたたまれたりすることをミスフォールディン

1. はじめに

グと呼ぶ.このミスフォールディングタンパク質は神

タンパク質の天然構造が壊れたり,間違った状態で

経筋疾患や白内障等に深く関わっていることが報告さ

折りたたまれたりすることをミスフォールディングと

れ,これらの疾患の治療法を考えるうえで非常に注目

呼ぶ.このミスフォールディングタンパク質はアルツ

されている.また,ミスフォールディングタンパク質

ハイマー病,パーキンソン病,プリオン病(クロイツ

による細胞障害の機序として,ミトコンドリアが深く

フェルト・ヤコブ病),遺伝性末梢性運動性ニューロ

関与していることも報告されている.しかし,その一

パシーおよびシャルコー・マリー・トゥース病などの

方でミスフォールディングタンパク質,あるいはミス

神経変性疾患,特発性心筋症や筋原線維性ミオパシー

フォールディングタンパク質が凝集して形成されると

(myofibrillar myopathy:MFM)などの筋疾患,白内障

考えられているアミロイド沈着とミトコンドリア障害

などの眼疾患,および嚢胞性線維症など,様々な疾患

およびその結果起こるとされている細胞死との間には

に深く関与している(1).ミスフォールディングタン

未だに不明な点が多い.アルツハイマー病などで細胞

パク質は,細胞内で凝集体を形成し,その凝集過程で,

障害因子とされているアミロイド β ペプチドおよび心

あるいは凝集体そのものは,小胞体(ER)ストレス,

筋症の原因となる点変異(Arg120Gly)α-B-クリスタリ

酸化ストレス,細胞内カルシウム調節機構の破綻など

ンは,ミトコンドリア障害を引き起こし,ミトコンド

の様々な機序で細胞障害を示すと考えられている(2).

リアを膨張させ,関連して発生するアポトーシスある

さらに,これらミスフォールディングタンパク質によ

いはネクローシスを誘発すると考えられる.また,こ

る細胞障害の機序として,ミトコンドリアが深く関与

の機序には,ミトコンドリアのアポトーシス阻害因子

していることも報告されている(3).ミトコンドリア

BCL2 の減少が関わっている.狭心症治療薬であるニ

は細胞へのエネルギー供給器官として細胞内ホメオ



コランジルは,細胞膜の ATP 感受性 K チャネルを開

スタシスの調節に重要であるだけではなく,細胞の生

口させるだけでなく,ミトコンドリアに存在するとさ

死を調節する重要な因子と考えられている.ミトコン

れている ATP 感受性 K チャネルを比較的強力に開口

ドリア内 Ca2+ 濃度の上昇やミトコンドリア膜電位

させることが報告されている.ニコランジルはミトコ

(ΔΨm)の脱分極などによって誘発されるミトコンド





ンドリア ATP 感受性 K チャネル開口作用を介して,

リア permeability transition pore(PTP) (膜透過性遷

アミロイド β ペプチドおよび点変異(Arg120Gly)α-B-

移孔)の開口は,ミトコンドリアの膨張を引き起こし,

クリスタリンなどのミスフォールディングタンパク質

ミトコンドリア内にあるチトクローム C の遊離を起こ

によるミトコンドリア障害を抑制し,細胞保護作用を

す.細胞質に遊離したチトクローム C は,カスパーゼ

示す.これらの結果は,ミトコンドリアの ATP 感受性

活性化を介してアポトーシスを誘導する.さらにミト



K チャネル開口を介するミトコンドリア保護作用が

コンドリア PTP 開口は,アポトーシスだけでなく,ネ

ミスフォールディングタンパク質に関連する疾患の新

クローシスにも深く関わっている(4).また,このよ

規治療法となる可能性を示唆する.

うなミトコンドリアを原因とする細胞死にはミトコン

キーワード:ミトコンドリア,心筋症,ミスフォールディングタンパク質,ATP 感受性 K +チャネル 岩手医科大学 薬学部 薬剤治療学講座(〒028-3694 岩手県紫波郡矢巾町西徳田 2-1-1) E-mail: [email protected] 原稿受領日:2015 年 2 月 24 日,依頼原稿 Title: Protein folding disease and ATP sensitive potassium channel Author: Atsushi Sanbe

フォールディング病と KATP チャネル

17

ドリアのアポトーシス誘導因子である BAX の増加や,

(15∼30 kDa)に属する低分子ストレスタンパク質

アポトーシス阻害因子である BCL2 の低下が関与して

(heat shock protein:HSP)の一つであり,水晶体や心

いることも報告されている(5).

筋細胞に多く存在する.CryAB 遺伝子の点変異(120

ミトコンドリア障害に影響を及ぼす機構の 1 つに,

番目アルギニン→グリシン点変,Arg120Gly)あるい

ミトコンドリア ATP 感受性カリウムチャネル(KATP)

は欠損変異は,MFM(別名 α-crystallinopathy,デスミ

がある.このミトコンドリア KATP チャネルは,KCNJ1

ン関連心筋症)や白内障の原因となることが知られて

(ROMK)が構成しているとの報告があるものの,そ

いる.この MFM 疾患は,細胞内に筋細胞における中

の詳細なチャネル構造は未だに明らかにされてはいな

間フィラメント構成成分であるデスミンおよび

い(6).その一方で,このミトコンドリア KATP チャネ

CryAB を含む不溶性凝集体を形成する特徴を持ち,

ルの心筋プレコンディショニング(短時間の虚血暴露

CryAB Arg120Gly タンパク質を心臓特異的に過剰発現

によりその後の虚血耐性を獲得する現象)への関与は,

している TG マウスでその病態が再現される(8–10).

薬理学的アプローチによってかなり古くから検討され

また,点変異 CryAB を発現している心筋細胞で認め

ている.ミトコンドリア KATP チャネルの活性化は,細

られる不溶性凝集体は,アミロイド構造を持ち,点変

胞質にあるカリウムのミトコンドリア内への流入を促

異により CryAB タンパク質のミスフォールディング

進し,ミトコンドリアへの細胞質カルシウム流入が抑

が起こると考えられる(9).これらの結果は,点変異

制される(7).この KATP チャネルの活性化によるミト

CryAB によって発症する疾患が CryAB タンパク質の

コンドリアへのカルシウム流入抑制作用により,ミト

ミスフォールディングにより発症するアミロイド関連

コンドリア障害は抑制され,細胞保護作用を示すと考

疾患であることを示唆する (8–10).この TG マウス心

えられている(7).しかし,虚血,あるいは虚血/再灌

筋では,不溶性凝集体の蓄積が加齢によって増大して

流状態でのミトコンドリア KATP チャネルと PTP 開口

いき,ミトコンドリア障害が発生する.この際,ミト

あるいは細胞障害の関係はよく検討されているものの,

コンドリアからのチトクローム C の遊離が起こり,カス

ミスフォールディングタンパク質による細胞障害とミ

パーゼの活性化およびアポトーシスによる心筋細胞死

トコンドリア KATP チャネルとの間には不明な点が多

が認められ,結果的に心機能が低下し,最終的には心

い.そこでミスフォールディングタンパク質による細

不全あるいは致死性の不整脈で死に至る(5, 11) (図 1).

胞障害とミトコンドリア KATP チャネルに関する研究

狭心症治療薬として臨床で用いられているニコランジ

の進展を紹介する.

ルは,NO 供与体として冠血管平滑筋のグアニル酸シ

2. α-B-クリスタリン(Cr yAB)Arg120Gly 点 変異誘発心筋症病態とミトコンドリア KATP チャ ネル

クラーゼを活性化し,産生が増大した cGMP による冠 血管拡張作用と,比較的強いミトコンドリア KATP チャ ネル開口作用があることが報告されている(12).ニコ ランジルの CryAB Arg120Gly TG マウスへの長期間投

CryAB は,熱ショックにより誘導されるストレスタ

与は,血圧および心拍数に影響を与えること無く,ミ

ンパク質のうち,比較的分子量が小さいタンパク質

トコンドリアからのチトクローム C の遊離を低下さ

図 1 ミスフォールディングタンパク質による細胞毒性機構 mitoKATP:ミトコンドリア KATP チャネル.

18

三部  篤

せ,アポトーシスの発生を抑制する.そして,その結

に特異的な siRNA を用いて BCL2 をノックダウンさせ

果心機能を回復させ,生存率を延長させる(5).ニコ

た(図 3).BCL2 をノックダウンすると,ほぼすべて

ランジルの長期間投与は,CryAB Arg120Gly TG マウ

の群で心筋細胞の生存率は低下した(図 3).さらに,

ス心筋の細胞内凝集体量には全く影響しなかったため,

BCL2 をノックダウンは,ニコランジルの細胞生存率

ミトコンドリア保護作用が点変異 CryAB による MFM

改善作用を消失させた(図 3).このことから,ニコラ

の病態改善に寄与していると考えられる.これらニコ

ンジルのミトコンドリア保護作用および細胞生存率改

ランジルのミトコンドリア保護作用は,TG マウスだ

善作用には,BCL2 の回復が関与することが示された.

けでなく,新生児ラット心筋細胞を用いた in vitro モ

BCL2 と BAX およびミトコンドリア KATP チャネル開

デルでも認められている(5).さらにミトコンドリア

口作用との詳細な関係性は,未だ不明であり,さらな

保護による心筋細胞死の抑制は,ニコランジルと同様

る検討が必要である.

にミトコンドリア KATP チャネル開口作用があるジア ゾキシドでも認められるうえ,ミトコンドリア KATP チャネル阻害薬である 5-hydoroxy decanoate(5-HD)の

3. アミロイド β ペプチド(Aβ1-42)による神 経細胞死とミトコンドリア KATP チャネル

処置で,保護効果が消失する(5).そのうえ,ニトロプ

ミスフォールディングタンパク質の神経細胞への影

ルシドナトリウムなどの NO 供与体は,全く保護作用

響 を 検 討 す る た め,マ ウ ス の 神 経 芽 腫 由 来 細 胞

を示さない (5).以上の結果から,ニコランジルやジ

(N1E115 細胞)あるいはラット胎児大脳皮質神経細胞

アゾキシドなどは,ミトコンドリア KATP チャネル開口

を用いた.アデノウイルスベクターを用い,N1E115

作用を介してミトコンドリアを保護し,点変異 CryAB

細胞にアルツハイマー病の原因の一つと考えられる

による MFM 病態を改善すると考えられる.

Aβ1-42 あ る い は CryAB R120G を 強 制 発 現 さ せ た.

CryAB Arg120Gly TG マ ウ ス 心 筋 お よ び CryAB

Aβ1-42 あるいは CryAB R120G の過剰発現は,神経細

Arg120Gly 遺伝子をアデノウイルスベクターを用いて

胞内に不溶性凝集体を蓄積させ,神経細胞死を引き起

強制発現させた心筋細胞では,ミトコンドリア分画の

こし,ニコランジル処置は,これら Aβ1-42 あるいは

BAX が増加し,BCL2 が低下する(図 2).ニコランジ

CryAB R120G 蓄積による細胞死を抑制する(図 4) .こ

ルを培養液中に加えることにより,CryAB Arg120Gly

のニコランジルの細胞死抑制効果は,ニコランジルと

により引き起こされるミトコンドリア BAX の増加お

同様にミトコンドリア KATP チャネル開口作用を有す

よびミトコンドリア BCL2 の低下は抑制される(図 2).

るジアゾキシドでも認められ,ミトコンドリア KATP

このニコランジルによるミトコンドリア BCL2 の回復

チャネル阻害薬である 5-HD を同時に処置することに

に意義があるか否かを検討するために,BCL2 遺伝子

より,消失する(図 4).これらミトコンドリア KATP

図 2 点変異 α-B-クリスタリン Arg120Gly(R120G)を強制発現させた新生児ラット心筋細胞におけるミトコンドリア画分の BAX お よび BCL2 の変化とニコランジル(Nico)の効果

値 は 全 て 平 均 値 ± S.E.M. で 表 し た.CryAB:野 生 型 α-B-ク リ ス タ リ ン,VDAC:voltage-dependent anion channel.**P<0.01, *** P<0.001 vs. LacZ(LacZ)を強制発現させた心筋細胞,##P<0.01,###P<0.001 vs. CryAB を強制発現させた心筋細胞,aP<0.05 vs. R120G を強制発現させ,リン酸緩衝液(PBS)を処置した心筋細胞.(文献 5 より一部抜粋)

フォールディング病と KATP チャネル

19

図 3 点変異 α-B-クリスタリン Arg120Gly(R120G)を強制発現させた新生児ラット心筋細胞における細胞生存率とニコランジルの効果

A)BCL2 に選択的に作用する siRNA(siBCL2)を処置したときの新生児ラット心筋細胞の BCL2 含量.B)ルシフェラーゼに選択的な siRNA (siLuc)を処置したときの細胞生存率.C)BCL2 に選択的に作用する siRNA(siBCL2)を処置したときの新生児ラット心筋細胞の生存率.値 は全て平均値±S.E.M. で表した.CryAB:野生型 α-B-クリスタリン,Tub:α-tubulin.***P<0.001 vs. LacZ(LacZ)を強制発現させた心 筋細胞,#P<0.05 vs. R120G を強制発現させた心筋細胞.

チャネル開口作用を有する薬物の作用は,ラット胎児 大脳神経細胞に Aβ1-42 あるいは CryAB R120G を過剰発 現させた時も観察される(図 5) .以上のことから,ニコ ランジルやジアゾキシドは,ミトコンドリア KATP チャ ネル開口作用を介して,ミスフォールディングタンパ ク質による神経細胞障害を抑制することが示された.

4. 考察 ミトコンドリア KATP チャネルを開口させる薬物は, ニコランジルやジアゾキシドなどが知られている.こ れらの薬物は心筋や腎臓で細胞を虚血から保護するこ とが報告されているが,アルツハイマー病の原因とも 言われているアミロイド Aβ1-42 による細胞毒性を抑 制し,点変異 CryAB などにより発症する心筋症の予 後を改善することが分かってきた.また,この効果に は,ミトコンドリア KATP チャネルの開口によるミトコ ンドリア保護作用が関わっていることが示唆された. ミトコンドリア KATP チャネルの開口により,なぜミス フォールディングタンパク質によるミトコンドリアか らのチトクローム C 遊離が抑制されるかは,未だ不明 図 4 アミロイド β ペプチド(Aβ1-42)あるいは点変異 α-B-クリス タリン Arg120Gly(R120G)を強制発現させた N1E115 細胞におけ る細胞生存率とニコランジルあるいはジアゾキシドの効果

5HD:5-hydoroxy decanoate.値は全て平均値±S.E.M. で表した. * P<0.05 vs. GFP を強制発現させた N1E115 細胞(GFP),#P<0.05 vs. R120G を強制発現させた N1E115 細胞,aP<0.05 vs. R120G を強制 発現させ,ニコランジルを処置した N1E115 細胞.

であるが,おそらくトコンドリア KATP チャネルの開口 によるミトコンドリア PTP の間接的な開口抑制作用 および BAX および BCL2 のよるチトクローム C 遊離 機構への作用があると思われる(図 1).今後さらなる 検討が必要である.

20

三部  篤

図 5 アミロイド β ペプチド(Aβ1-42)あるいは点変異 α-B-クリスタリン Arg120Gly(R120G)を強制発現させたラット胎児大脳皮 脂質神経細胞における細胞生存率とニコランジルあるいはジアゾキシドの効果

値は全て平均値±S.E.M. で表した.*P<0.05 vs. GFP を強制発現させたラット胎児大脳皮脂質神経細胞(GFP),#P<0.05 vs. R120G あるい は Aβ1-42 を強制発現させたラット胎児大脳皮脂質神経細胞.

著者の利益相反:開示すべき利益相反はない.





1)Valastyan JS, et al. Dis Model Mech. 2014;7:9-14. 2)Guo JL, et al. Nat Med. 2014;20:130-138. 3)Galluzzi L, et al. Circ Res. 2012;111:1198-1207. 4)Kung G, et al. Circ Res. 2011;108:1017-1036. 5)Sanbe A, et al. PLoS One. 2011;6:e18922. 6)Foster DB, et al. Circ Res. 2012;111:446-454. 7)O Rourke B. Circ Res. 2004;94:420-432. 8)Sanbe A, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2004;101:10132-10136. 9)Sanbe A, et al. J Biol Chem. 2007;282:555-563. 10)Sanbe A, et al. J Biol Chem. 2013;288:8910-8921. 11)Sanbe A, et al. PLoS One. 2009;4:e5351. 12)Sato T, et al. J Am Coll Cardiol. 2000;35:514-518.

著者プロフィール

三部  篤(さんべ あつし) 岩手医科大学 薬学部 薬剤治療学講座,教授,博士(薬学). ◇ 1995 年東京薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了.田辺製 薬株式会社研究員( 95 年∼ 97 年),シンシナティ小児病院研究員 ( 97 年∼ 02 年),シンシナティ大/シンシナティ小児病院医学部 分子心血管生物学部門インストラクター( 02 年∼ 04 年),シンシ ナティ大/シンシナティ小児病院医学部分子心血管生物学部門ア シスタントプロフェッサー( 04 年∼ 05 年),国立成育医療セン ター研究所薬剤治療研究部実験薬理室室長( 05 年∼ 10 年),岩手 医科大学薬学部薬剤治療学講座特任教授( 10 年∼ 14 年)を経て 現職.◇研究テーマ:遺伝子改変マウスを用いた循環器疾患,神 経筋疾患および感覚器疾患の病態解明と新規治療法の開発.◇趣 味:麺類の食べ歩き.

Protein folding disease and ATP sensitive potassium channel.

Protein folding disease and ATP sensitive potassium channel. - PDF Download Free
524KB Sizes 0 Downloads 8 Views